第5景 貝が語る、縄文の暮らし 2025年8月12日 最終更新日時 : 2025年8月12日 管理人 約6000年前頃、地球温暖化が奥東京湾をもたらしました。 樹木の繁る台地を切り開いた縄文人は近くのその海岸と森で狩猟採集の暮らしを営み、その跡を残していました。 北小金駅南口から本土寺を超え徒歩30分、幸田第1公園の地中に眠る幸田(こうで)貝塚です。 台地下には幸田湧水があります。 FacebookX
6,000年前の縄文時代、温暖化により海水面が上昇し、奥東京湾は群馬県まで達しており、松戸市幸田にも貝塚を伴う大集落があった。その貝塚遺跡からの出土品は多彩で、特に関山式土器群は重要文化財に指定され、2018年の東京国立博物館『特別展 縄文━1万年の美の鼓動』に出展されている。
多種多様な縄文が駆使されている素晴らしい土器群だ。
しむちゃん 様
温暖化に対応して台地の森で暮らした縄文人の支えとなった土器群への注目ですね。重要な指摘だと思います。
台地・里山の森と人の暮らしがクローズアップされている今日、改めて縄文時代の暮らし方について思いめぐらす視点も必要と考えています。
「まつど五十三景」への投稿はありがたく、貴重です。とてもうれしく思います。引き続き、他のコンテンツについても閲覧、投稿をよろしくお願いします。 <石橋>