東松戸の森 父親の教訓を活かすボランティアの願い

「なぜ今、東松戸の森に注目するのか」
「子どもや若者が主役になれる場所がある」
父親から受け継いだ『森の活用術』
紙敷三つの森(東松戸)でボランティア活動する皆さんに取材をお願いしています。
これまでに動機、世代、出身地、自然体験をテーマに4人の方に思いや考えなどを語っていただきました。
その中でとても貴重な体験や森の存在そのものに触れられ、筆者の主要な関心事となっている「世代のつなぎ」について核心に迫るいくつかの話題を提供していただいています。
<今回のテーマ>
「自身が活動を続ける中で森の自然環境を次世代にいかにつないでいくか。そのためにどのようなことを心がけ、取り組んでいますか?」
今回は、上記のテーマを想定して、これまでの取材内容に加えて森の「活用」を心がけるボランティアの話を届けたいと考えています。
「都市」という人工的な景観と、大都市東京の近郊地で「台地と低地の独特な地形」をもつ松戸市の自然景観イメージを踏まえた提言に耳を傾けてみました。

「森を使えるようにし、使ってもらう」
長野県大町市に生まれて高校卒業まで居住。父親は林業、母親と兄は営林署の職員という家庭環境。大学卒業後、東京の企業に就職。
大阪万博の年に大阪に転勤し、主として名古屋から西の地方勤務の転勤を繰り返し、途中に東京に戻りニューヨーク勤務もありました。
地方勤務時代は転勤地で農家さんから畑を借りて、休日等に農家さんのお手伝いをしながら米作り、野菜作り、果樹作りの教えを受け、借りた畑で野菜作りを楽しんでいました。
東京本社の勤務に戻ってからの松戸はマンション生活で40年になります。
会社も大きく成長し、途中大病を患った事もあって、利益追求型の組織とは異なる体験をしたくて、50歳になったときに友人と農業を考えて、就農準備校の受講生になり農業研修を受けました。
70歳まで会社勤めを続けました。
農業の夢はかないませんでしたが、この間農家さんから畑を借りて、野菜作りを続け楽しんでいました。80歳になり畑をお返しして終了としました。
70歳で会社生活を終えると決めたときに、後なにをするかは決めてはなかったです。
電車に乗っているときに見る松戸の森の緑に癒しの気持ちが湧いていました。その頃に松戸市広報の「里山ボランティア入門講座」を目にして受講し「樹人の会」に加わりました。
里山ボランティア活動を始めて10年になりますが、父親が「山林は使えるようにし、使わなければ仕事にならない」と言っていた事を理解出来るようになりました。
父親たちは常に植林という準備をしていました。木材を切り出し、薪を作り、炭を焼いて、キノコの栽培をし、山菜の収穫もして使っていました。
自分も今の森の使い方の形は変わっていますが「森を使えるようにし、使ってもらう」という考え方は大事にしています。
仲間の皆さんと話し合う中でも、形は変わっても森を使っていく事で保存も可能だと思い実践しています。
森の中に子ども用の遊び場を用意して「野うさぎの森」で遊んだ子ども達が成長してこの森に再び戻って来る事を期待しています。
「森を残すという考え方に木を切ってはいけない」という考え方もありますが、自分は必要に応じて木を切って使える物にし、その一つに椎茸の栽培なども試みています。
植樹をしながら森を育てていきたいと考えています。幸いメンバーの皆さんも理解してくれ、協力的な人と人の関係に恵まれています。
本日の市立松戸高校生物部の皆さんがクヌギの植林に協力してくれたことで、高校の文化祭に「ドングリ」提供の約束ができた事はとてもうれしく思っています。<T・Y>

森活用の提言
まず、T・Yさんのご出身やこれまでの歩みと、現在の活動とのつながりで、特に注目したい点を挙げます。
・大自然と向き合う生業の家庭環境と森との縁
・主要・地方都市の会社生活でも借地の野菜作りと50歳時就農研修の受講
・会社人生の終盤、車窓から眺めた「松戸の森」に癒しの述懐と郷愁
・「里山ボランティア入門講座」の受講と「樹人の会」の立ち上げ、10年森保全活動
・父親の教訓(山林は使えるようにする)を身につけた森の実践活動
・今日まで一貫した豊かな自然体験
T・Yさんは大病を患われたうえに70歳まで働き、若い頃から80歳まで畑を続けてこられたバイタリティーが細身の身体のどこに潜んでおられるのか、とても引き付けられます。
次に、森の存続と世代をつなぐための方策についての提言を読み解きます。
東松戸地域は「台地と低地」の入り混じった地形の都市景観に森があります。
その風景は、斜面林・谷津・湧水地が点在するところに集落ができ、かつて薪炭林・雑木林として“使われる山林”から発展してきた都市でした。
そのため、T・Yさんの活動場所は使われる森として継続性があり、意味のある保全活動を体現しています。
この地形では、残存する山林で手の入らない放置林になるとササや常緑樹が繁茂し、光が入らない山として影響を及ぼすことが大きいと言われます。
「里山」は人の手が入ることによって自然そのものと人の暮らす集落(都市)の間に位置します。
全国的にクマの出没が問題視される中、人と都市の境界線である「里山」の存在が注目されています。
森の二次的な活用は市民生活にかかわる恩恵をもたらしています。
特にT・Yさんは林業環境の中で成長し、父親の教訓を「森を使えるようにし、使ってもらう」という“森活用”の考え方として提言しています。
この考え方は森の保全活動をする松戸市内のボランティア活動にとって貴重で有用と考えます。
森活用の在り方が市民利用の視点を持っているため、この具体策の実践は都市生活の身近なところで豊かな自然体験の機会を増やし、森の社会的価値を高める可能性があります。

『ここで遊んだ子が、いつか戻る場所に』
現在の取り組みは、子どもの遊び場づくりと必要な伐採・利用、植樹による森の更新、仲間との協働などを実践しています。
遊び場づくりは、「キッズエリア」と命名されていますが、大人も十分楽しめる遊具や設備が用意されています。手作りパチンコやハンモック、ブランコ、バドミントンコートなど多様な遊ぶ場が設置されています。

筆者として都市近郊にある森の重要なテーマは、「世代のつなぎ」にあり、森の存続と次世代の担い手づくりと考えています。
森との接点づくりは、地権者、維持管理者、利用者などの立場も含めて森に親しむ人びとの世代をどのように引き継ぐかに関わっています。
子どもが森で遊ぶ経験は、将来の担い手を生むだけに“戻ってきてくれる森”というT・Yさんの発想は、世代づくりの核心に迫る提言と言えます。
必要な伐採を行い、利用につなげる提言は、病虫害対策や暴風雨による危険な樹木、間伐などの実情によるものと考えられます。
「木を切ってはいけない」という考え方についても、明確な理由のシイタケ原木の “使える森”の意味を示す実践や、間伐材を市民向けに提供していると説明しています。
後者はドイツ風のホルツハウゼン(乾燥用野積み)と称する積み方で保管された間伐材です。


植樹(クヌギ)による森の更新を見通して高校生との協働も試みています。まさに都市近郊の森の未来をつくる行為を世代継承の可能性のある高校生とともに実施する意味があります。

ましてこのような企画実践は仲間の理解を得ながらよい関係を保つ姿勢を大切にしています。
この姿勢は、次世代ボランティアの仲間を迎え入れるうえでも、重要な指針と言えます。
高校生と紡ぐ、東松戸の森の未来サイクル
今回は、東京近郊松戸市の森で、出身地における林業環境の教訓を踏まえて実践するボランティアに語っていただきました。
東松戸の森にとって「使いながら保全する」という考え方は、地権者と行政、ボランティア、市民と一体となった活動にふさわしい森の活用と言えます。
- 子ども遊び場
- 高校生との植樹協働
- 市民参加のきっかけづくり
世代をつなぐ担い手となる子どもたちや高校生などを森に迎え入れ、ともに活動する意義は、森の“社会的利用価値”を高めます。
なお、タイトル画像は、広報担当者が森の植樹のため協働作業に来ました高校生に期待を込めて「シンボルツリーのクスノキ」10年間の生育ぶりを説明している写真です。
植樹を終えて終わりのミーティングに入る前、腐葉土を説明するスタッフに幼虫の状況について問いかける1年生がいました。関心の中味に応じたスタッフとのやり取りがとても印象に残っています。
また、ミーティングの際、文化祭で生物部主催のイベントにスタッフがドングリ提供の約束をしていました。その光景は高校生とのつながりをいっそう強くしたように見受けられました。
東松戸の森の“更新サイクル”をつくる「伐採⇒利用⇒植樹⇒育成」は、森の存続にかかわる重要な営みです。高校生らに呼びかける仲間の人たちと協働実践していることにボランティア活動のすばらしさを感じています。
次回は、紙敷の森で活動するボランティアの取りまとめをする人の声を取材し、三つの森の特徴を踏まえながら進めている様子について予定します。
<石橋>

