「ライフスタイル」と松戸の縁 ―魅力探しの事例―

「松戸あれこれ」の魅力探しをしています。
東松戸地域では新しい街づくりが進んでいます。東松戸駅周辺を歩いてみると目にとまる様相がありました。
交差する二つの鉄道線と市街地形成、その近くにある市民農園や森の残る自然豊かな環境です。
紙敷には三つの森があります。それぞれにボランティア活動が行われています。事前の連絡、許可を得てそれぞれの森を訪ねてみました。その一つの森で思いがけない人との出会いがありました。
松戸の台地と低地のある「都市景観」には、似つかわしい「ライフスタイル」がありそうです。東京近郊地における「ライフスタイル」と松戸の縁をテーマにした事例です。
その「ライフスタイル」についてホームページへの寄稿をお願いしました。ご快諾を得ましたので紹介させていただきます(石橋)。
寄稿「東松戸地域の魅力」〜スローライフのすすめ〜を読んで思うこと
藤田史郎
2012年6月、年老いた母の面倒を見るため合計40年にわたるドイツ生活に別れを告げ東松戸の実家に住み始めてはや14年が経過しました。
人生の半分以上をドイツ社会で生きてきたため、帰国当初はやる事為すこと全てに角がたって日本社会への順応に苦労したことを今は懐かしく思い出します。40年のブランクは親子といえども隔たりが大きく母親との共同生活も始めはギクシャクしましたが、こちらは割と早くお互いの生活の違いを克服できました。母93歳、私71歳、同じ屋根の下それぞれの人生最終章の幕開けです。
東松戸の家は、1970年に父が知人を通じて河原塚地区に建てたもので、私自身は東京生まれの東京育ち、家完成の1年前にはすでにドイツへ留学しており住んだことはありませんでした。ただ、一時帰国の際や2度目のドイツ行き前の1年半を家族3人で同居させてもらった経緯もあり、ゼロからの出発ではなかったけれど “千葉県民”、“松戸市民”という意識(自覚)を持つにはかなりの時間を要することになります。
そんな自分に“東松戸の魅力”に気づくきっかけを作ってくれたのが松縁会でした。2025年9月最後の土曜日に私の携帯が鳴りました。未知の番号でしたが出てみると、穏やかで明るい響の声の主は、石橋一夫さんという松縁会〜松戸をゆかりとする人の会〜の会長さんでした。現在紙敷にある三つの森を取材中で、昨日「紙敷・石みやの森」を取材した際、明日の第4日曜日が「野うさぎの森」の活動日だと聞いたので、是非見学と取材をさせて欲しいという内容でした。

そう、私は2020年より松戸里やま応援団・樹人の会「野うさぎの森」に所属し森保全のボランティア活動行っており、数年前からは会の広報役として、外部からの連絡や問い合わせを一手に担っているため私に連絡が入ったというわけです。
勿論石橋さんの要望には快諾をし、翌日10時少し前に森に来ていただくことになりました。松縁会は会のHP(https://shoenkai-matsudo.com)にあるように、「松戸」の魅力を発信し、地域形成により活気のある“松戸再興”を目指すことを事業目的とされています。
今回はその“松戸の魅力発見”の一環として東松戸の地域性にフォーカスしての取材ということでした。そして今回の取材結果はHPのカテゴリー/松戸あれこれ/かずおの一説/の中に“東松戸地域の魅力<スローライフのすすめ>” “東松戸地域の魅力<自然と関わるスローライフ>” “東松戸地域の魅力・野うさぎの森” “東松戸地域の魅力・紙敷石みやの森” “東松戸地域の魅力・紙敷みなみの森”で詳しく述べられています。


この“東松戸地域の魅力<スローライフのすすめ>”を読んで改めて自覚したことは、
母の介護をきっかけにここ東松戸の地でいわば第3の人生(最終章)を始めた自分が、気がついてみたら、石橋さんの提唱するスローライフを実践していたということでした。自宅近くに国分川や紙敷の森、それに八柱霊園等がある東松戸の地域性がそれといった意識もせずにスローライフを可能にしてくれたのだと感じています。
東松戸(河原塚)に住み始めた頃はまだ紙敷に森があることは知らず、ドイツ滞在中から趣味としていたノルディック・ウォーキング(ポールウォーキング)で専ら近くの国分川や八柱霊園を歩き回っておりました。
数年後、松飛台駅前にある介護付き有料老人ホームに100歳になった母を預けてから定期的に見舞いに行く道すがら紙敷の森を発見(?)したわけです。最初に見つけたのは公道に面したところにある「紙敷みなみの森」の看板でした。中の様子をみようと思いましたが鎖で仕切られていて、どうやら入ってはいけない様子でした。
別の日に今度は松戸給水場の奥にある裏道を歩いてみたら、「紙敷石みやの森」の看板を見つけました。そこには連絡先の電話番号が書いてありましたのでそれをメモし、細い道をさらに進むと急に視界が開けて畑と松戸市立高校の野球グラウンドのネット裏に出ました。
その畑は「石みやの森農園」といい、偶然そこで作業をしていた方から、ここには前述の二つの森のほかにもう一つ「野うさぎの森」があること、森は私有地なので勝手には入れないこと、ただし活動日には会員が来ているので訪問が可能なこと、そして偶然その方は野うさぎの森の会員でもあったので、活動日と開始時間等を教えていただき、その数日後(2020年8月)森を訪ね正式に会員となりました。その日以来、定例活動日以外の水曜日も森に行き楽しく活動しています。
なぜ森に惹かれたのかといえば、ドイツでは近くに沢山の森があり、どこの森にも自由に入れたので帰国してから緑の環境に飢えていたのかもしれません。ですので、入会動機は森を保全するボランティア活動というより、ただ森の中にいたいという単純なものでした。
ドイツでは「森林法」という法律のもと、公有・私有を問わず(一部を除く)全ての森林に立ち入ることが認められており、基本的には「誰の土地か」ということを気にする必要がなく、自由に森に行くことができました。ですので、休日にはたくさんの人が森を散歩するだけでなく、サイクリングや乗馬を楽しむ人などで森は賑わっていました。
幸い所属した「野うさぎの森」の活動コンセプトは森を保全すると同時に子供や家族連れに使ってもらい楽しんでもらう、“開かれた森”を目指しているので、自分がドイツで持っていた森のイメージに近く毎回楽しく活動させてもらっています。正に“自然と関わるスローライフ”を実践することになりました。

森を発見することにつながったノルディックウォーキングは、ポールを両手に持ってスキーのクロスカントリーのように力強く歩くスポーツで2000年初めにドイツで流行し始めました。
私の住んでいた北ドイツ・ハンブルグには、自宅近くにAlsterwanderweg(アルスターヴァンダーヴェーク)というアルスター川に沿った散歩道が10数キロもあったので、私も御多分に洩れず趣味として始めたわけです。
日本に帰国した当初は1人であちこちと歩き回っておりましたが、1年ほど経ってから自治会の回覧板でノルディックウォーキング同好会を立ち上げ希望者を募ったところ10人ほどの参加者が集まったので、それ以来毎週木曜日の午後3時から八柱霊園で実施しております。
会費も規約もないゆるい繋がりで、すでに13年が経過しました。コロナ前は最大20名いたメンバーもコロナ後は半減してしまいましたが、健康志向の強いコアなメンバー中心で今も継続しています。
私と河原塚南山自治会との関係は、自宅が自治会館の隣にあるというだけではなく、帰国した当時の自治会長さんの奥様にスカウト(?)されたことに始まります。
彼女の主宰する“ちびっこ応援団”の催事で行う紙芝居「フランダースの犬」のあるテキストをドイツ語に訳して欲しいというものでした。お安いご用と引き受けたのですが、それ以来、たびたび催事に駆り出され自治会の皆様とも顔を合わす機会が増えました。
そんなある日、こんどは元自治会長で現在は”ことぶき会“という老人会の会長さんから、老人会のメンバー中心でコーラスをしてみたいので、指導をお願いできないかとの打診を受けました。自分は元々オーケストラのホルン奏者だったのですが、若い頃教会の聖歌隊の指導もしたことがあるので、快くお引き受けしました。
気軽に引き受けはしたものの、これが実は結構タフな仕事となりました。何故かといえば、皆さん楽譜を”お読め“になれないだけでなく、発声は演歌風、音程は定まらず息は絶え絶え、の三重苦。どうしたものかと思い悩みましたが、気を取り直し、幼児に教えるごとく「真似」を基本とした発声練習、音程練習、リズム練習の基本からやり直し、今はベートーヴェンの第九交響曲4楽章の“歓喜の歌“やモーツァルトの“美しき五月”(Komm lieber Mai)をドイツ語で歌えるようになりました。
ちなみにコーラスの名前はドイツ語でSenioren Chor(セニオーレンコーア・シニアコーラスの意)と言います。これが毎月第2、第4月曜日の夜19時から20時半まで自宅隣の自治館でやっています。コロナ前は20人のメンバーでしたが、今は12名となってしまいました。あと何年続くやら・・・・?
もう一つ自治会のボランティア活動としてグリーンスローモビリティー(通称“グリスロ”)という小型電動バスの運転手があります。地域のお年寄りの買い物のお手伝いもしています。

毎週火曜日と金曜日に近隣のスーパーへ一往復または二往復するもので、乗客は往路では所定のバス停から乗車し、復路は自宅前まで行き重い荷物は運転手が玄関まで運んであげるというものです。
利用者は、普段1人では重くて運べないお米や飲み物をこの時とばかり買い込むことができ、玄関まで運んでもらえるのですから大喜びです。運転手としてもその方達の感謝の言葉と笑顔がモティベーションとなっています。
また運転手をやっていると、今まで知らなかったお隣の町会の方々とも知り合いになれて何だか顔が広くなった感じがしています。おかげさまでこの6月に河原塚地区のグリスロ利用者が1万人を達成しました。

このように私の1週間のプログラムは月曜から金曜日まで毎日ビッシリです。それ以外にも年に数回、週末に音楽関係のドイツ語通訳のアルバイトが入ります。
人生の半分以上を異国で過ごし、諸事情により終の住処を松戸に決めてから早14年、前述のように初めは“松戸市民“としての自覚をもつことは難しかったけれど、現在の自分を改めて見つめてみると、知らず知らずのうちに地域に溶け込み、地域で必要とされていることに喜びを感じ、結果的には東松戸の地で”自分なりのスローライフ“を楽しむ「松戸市民」となった自分を自覚する今日この頃です。
ただスローライフとは言いながら自分のスケジュールをみると、忙しすぎてこれで本当に”スローライフ“?といえるのか疑問です。(笑)
<2026年7月2日記>
藤田史郎 プロフィール
元音楽家(交響楽団ホルン奏者・音楽財団)。市民活動団体「松戸里やま応援団 樹人の会(野うさぎの森)」の広報担当。河原塚地区では低速電動車「グリーンスローモビリティ」運転士、自ら「グリスロ賛歌(作詞・作曲)」、他のボランティア活動でも地域活性化に貢献。ドイツ在住40年。

